この連載も最後を迎えました。よりよいもの、より美しいものを求めて、人類は常に新たなものを創作してきました。植物の世界においてもそれは多大な恩恵をもたらし人々の生活を支えてくれています。今回は神秘的な紫のバラ、そして現在も挑戦が続く青いバラをテーマとして、植物と人の関わり方を再度考察してみたいと思います。
自然界にも無かった青バラの憧れ
紫のバラは赤いばらの色素から極力赤みを省いていったものと言い換えることができます。
はっきりとした濃い紫のばらはガリカローズの「カーディナル・ド・リシュリュー 」のようにかなり古くから存在していました。
しかし薄紫、灰紫色などは20世紀に入ってから作出された色彩です。これには先月とりあげた黄色ばらの作出も深く関わっているものと推測されます。しかし、当初はこれらの色調は評価されず、世に出ることもありませんでした。
例えばイギリスの名ブリーダーであるマグレディは1930年頃に紫バラを作出したものの、「マグレディ家が青(紫)バラを売り出したら、長い間にはバラ好きの人々の趣味が堕落する。マグレディ家はその責任をとれない。」という理由で焼却処分してしまったという逸話も残るほどです。
そのマグレディ家からは紫系バラの先駆けとして有名な「グレイ・パール」が1945年に発表されています。このバラは薄紫の中にベージュとグレーを含むという特異な色調を持ち、発表当時イギリスでは不評だったもののアメリカでは大人気。紫系品種の作出も盛んになります。
同じくマグレディの「ライラック・タイム」「ロイヤルタン」、メイアンの「プレリュード」、ドットの「インターメッツォ」などが、初期の紫バラとして広く愛培されました。しかしこれらの色調はライラック色といった感じで「青み」を感じさせるとまではゆきませんでした。
青紫バラ作出の火付け役「スターリング・シルバー」
育種競争が続く中、グレイ パールの発表から12年後の1957年、アメリカでこれまでにない色調のばらが発表されました。「スターリング・シルバー」です。ピースの子孫で作出は女性育種家のフィッシャー。冷たく澄んだ美しい色調をもち、これまでよりさらに数歩、青ばらに近づいたといえるものでした。
大変話題になったスターリング・シルバーは、花付きが良く香りも素晴らしいものでしたが、樹勢が弱いという弱点がありました。これを改良し、紫系品種の決定版といえる傑作品種が7年後の1964年に、ドイツの育種家タンタウより発表されます。
原名「マインツァー・ハストナハト」、現在「ブルー・ムーン」の名で広く知られる品種です。花付きはやや少ないものの、堂々たる巨大輪で樹勢もずっと強健になっています。
1973年には鈴木 省三 氏の「青空」、1981年には寺西 菊雄 氏の「マダム・ヴィオレ」など、日本からも美しい紫ばらが誕生しています。
真の青バラを目指して現代でも続く改良
1990年代に入るといよいよ青みの強い、より洗練された色調の品種も誕生します。青ばらの育種で知られる小林 森治氏の「青龍」はもっとも青みの強いばらとして話題になりました。しかし交配では青紫までは出せても、空のような本当の青を出現させることは不可能だといわれてきました。それはバラが花弁の中に青色を構成する色素を持たないからです。
植物の色素は主に4種類に分類され、そのうち青色に見せる働きをする色素はフラボノイドの一部、アントシアニンという色素です。その中に含まれる青色色素として代表的なものが「ディルフィニジン」「ペチュニジン」「マルビジン」などですが、バラの花弁からこれらの色素は検出されませんでした。
2009年にはサントリーフラワーズ株式会社から、遺伝子組み換え技術により初めてディルフィニジン色素を持つ青バラ「アプローズ」が発表され、新たな青バラへの幕開けとなりました。それでも目の覚めるような青バラはいまだ存在せず、育種家たちの挑戦は続いています。
一方で色素の研究も進み、2000年には同じくサントリーの福井氏らの研究によりバラ自身に、今まで青色とは無関係とされてきたシアニジンを骨格とした青色色素が存在することが分かりました。この色素はバラ独自のものであることから「ロザシアニン」と名付けられています。
また2005年には長い間謎であった矢車菊の青色色素がバラと同じシアニジン型アントシアニンを主体としていることが分かり、遺伝子組み換え以外の手段でも青いバラがつくり出せるのではという期待も高まりました。さらに研究が進めば本当に青いバラを作り出せる日が来るかもしれません。
「バラに青い色は必要ない」という意見もあります。実際庭園には使いづらそうです。しかし、人間の研究の素晴らしさをもまた教えてくれているように思えます。さまざまな良い成果が集まることで地球の生命の循環がより豊かで調和的なものになるなら、本当に素晴らしいことです。「青いバラ」がそのような希望の象徴であって欲しいと、願わずにはいられません。
特におすすめの品種
特におすすめの品種を抜粋して、ご紹介させていただきます。
スターリング シルバー – Sterling Silver
本格的な青バラ第一号として有名です。実際には薄青紫ですが独特の冴えた色調とウェーブのかかる花弁が魅力的です。香りも素晴らしい。枝数が増えにくく強健とはいえないものの、花付きはよいのでご家庭での切り花などにも喜ばれるでしょう。
ブルー ムーン – Blue Moon
紫系を代表する品種としてあまりにも有名ですが、知名度に恥じない名花です。澄んだ紫の色調は、現在の数ある紫バラと比べても全くひけをとりません。外弁は剣弁になるふくよかな巨大輪。香りも豊かでトゲの少ない枝は高く伸び、強健な樹勢を持ちます。
ニュー ウェーブ – New Wave
発表以来高い人気を誇る美しい品種です。ややグレーを含む澄んだ薄紫とフリルの入る花弁との調和が何とも言えず上品で優雅です。香りも素晴らしく、家庭用の切り花にも好適。しなやかな反面枝がやや倒れやすいので、状況により支柱での保護もあると良いでしょう。