ハイブリッドティーローズの誕生によせて

1867年、フランスの育種家、2代目ジャン バプテスト ギヨーの手によりついに完全な四季咲き大輪のばらが誕生します。

「ラ フランス」と国家の名を冠したこのばらは作出当時から人気でしたが、すぐにハイブリッドティー種という系統が確立したわけではありません。この系統が新系統として不動の地位を築くまでには、さらなる時間と品種が必要でした。

前回ご紹介した「ハイブリッド パーペチュアル ローズ(HP種)」の確立で、人類は大輪の華麗なばらを手にすることができました。しかし、この系統は多くがつる状で返り咲きも不規則、品種によってはほとんどない場合もありました。完全な「四季咲き大輪」を求め、育種家たちの挑戦は続いていました。

ラ フランス

ラ フランスの交配は実は良くわかっていない

「ラ フランス」の誕生は大変に画期的なことでしたが、初めのうちはこの品種もハイブリッド パーペチュアル ローズの仲間として扱われていました。「ラ フランス」の交配はハイブリッド パーペチュアル ローズの「ヴィクトール ヴェルディア」とティー ローズの「マダム ブラヴィ」とされていましたが、ラ フランスが3倍体(染色体の数が3の倍数)であることから現在では疑問視されています。ただ、明るい緑の枝葉や花型に、ヴィクトール ヴェルディアの影響が見て取れるようにも思えます。

現在では「Madame Falcot」というティー ローズの実生と記述されていることもありますが、これも少し怪しいところがあるため、2000 年に刊行された Modern Roses Ⅺ ではラ フランスの交配は不明とされています。現在もよくわかっていないのが現状です。

ハイブリッドティー ローズ確立までの道

かぐわしい芳香とその歴史的価値で現在も私たちを魅了する「ラ フランス」ですが、結実性が弱かったため、多くの子孫を残すことは出来ませんでした。交配親としては未熟だったのです。

ラ フランスの作出からさらに15年後、この品種を高く評価していたイギリスの育種家ヘンリー ベネットは1882年、「ヴィクトール ヴェルディア」とティー ローズの「デボニエンシス」との交配により明快なピンクの整形花「レディ マリー フィッツウィリアム」を発表しました。この品種の優れた結実性によりたくさんの初期ハイブリッドティー ローズが誕生することとなります。

ヴィクトール ヴェルディア
デボニエンシス
レディ マリー フィッツウィリアム

リヨンの魔術師と呼ばれた同じくフランス育種家ペルネ デュッセも「マダム キャロライン テストゥ」という品種を発表しました。この品種はパリのデザイナーの名を冠し、ハイブリッドティー種の人気を不動にした品種として良く知られています。この品種が誕生したことで世にハイブリッドティー ローズの名前が知れ渡り、新しい系統として認知されていきました。

他に現存する初期ハイブリッドティー ローズでは、伝統的なばらの保存に努めフラウ カール ドルシュキーの作出などでも知られる、ドイツのランベルトによる「カイザリン アウグステ ヴィクトリア」などが存在します。

マダム キャロライン テストゥ

ヘンリー・ベネットは畜産が専門でしたが育種に関する豊富な知識から、結実させる品種と花粉親として利用する品種を選抜し交配する先進的な育種を提唱し、ハイブリッドティーの系統を確立させた人物として知られています。

ハイブリッドティー ローズの多大な影響力

初期のハイブリッドティー種にはティー ローズの面影を強く残す品種が多く見られ、その独特の繊細な花容や細めの枝、俯いて咲く姿などは、現在の強健な品種を見慣れた目にはかえって新鮮といえます。意外に強健で大株に育つ品種もあり、一概に古いものだから弱いとも言い切れません。

また、ハイブリッドティー ローズは原種と交配されることによりアルベル ティーヌ(アルバー タイン)などより大輪のつるばらの作出に貢献し、小輪房咲種であるポリアンサ ローズとの交配によりのちにフロリバンダ ローズ誕生の礎となりました。この系統がなければバラの世界はこれほど彩り豊かにはなりえなかったことでしょう。

ラ フランスの作出で知られる2代目ジャン バプテスト ギヨーはハイブリッドティー ローズの作出のみならず、ロサ カニナへの芽継ぎの技法を確立し、日本の野バラの実生とチャイナローズ(ロサ キネンシス ミニマと推測されています)の交配から四季咲き小輪系ともいわれる最初のポリアンサ ローズ(パケレット、1875年)を作出するなどその業績は非常に広範囲に及んでいます。

アルバー タイン

ポリアンサ ローズは日本の野バラの血を色濃く残し、色調や花型のバラエティは少ないものの耐寒性もあり非常に良く咲く性質から、花壇用品種として近年再び見直されるようになりました。この系統にティー ローズの血も加わった「セシル ブルンネ」などは現在でも広く愛培されています。

ばら文化の礎を大切に

ばらを花の女王と至らしめたハイブリッドティー ローズの誕生。誕生が比較的近年であることもあってさまざまな逸話や誕生の経緯を知ることができるのは、ばらに携わる人間としては本当に嬉しい限りです。そしていつの時代にも、より良きものを生み出すことに情熱を傾け、またそれらを守り育んできた人々のたゆまざる努力があったからこそ、現代に生きる私たちもそれらの品種を育てることができるという幸運に、感謝の気持ちを忘れずにありたいと思います。

特におすすめの品種

特におすすめの初期ハイブリッドティー品種を抜粋して、ご紹介させていただきます。

ラ フランス – La France

日本に導入された当初は「天地開」(てんちかい)の名で販売されていました。 花弁が多いため雨が続くと開花しにくいことがあり、黒星病への注意も必要ですが花付きも株のまとまりも良く、花壇用品種としても優れます。ダマスクとティーの混じった素晴らしい芳香も魅力です。

商品ページ

ラ フランス – La France

レディー マリー フィッツ ウィリアム – Lady Mary Fitzwilliam

洗練された明るいピンクの波状弁が美しく、弁質も良く古花とは思えないほどです。枝もしっかりしてラ フランスと比較すると現代のバラにかなり近い印象です。耐寒性もあり、多数の花を小型の樹に咲かせ株姿も整っています。

商品ページ

レディー マリー フィッツ ウィリアム

カイザリン アウグステ ビクトリア – Kaiserin Auguste Viktoria

幾重にも重なる花弁からほのかなティーの香りが漂う、美しい花容が魅力の品種です。濃い緑の葉と花の調和が良く、樹高は高く大型の株に育ちます。あふれるようにふんわりと咲く姿はとても気品に満ちています。かつては「敷島」の和名で親しまれました。

商品ページ

カイザリン オーガスト ビクトリア

マダム キャロライン テストゥ – Mme.Caroline Testout

レディ マリー フィッツウィリアムの子孫で、ハイブリッドティーという系統を不動のものにした品種として知られています。作出者はギヨーと並び称されたペルネ デュッセ。パリの人気デザイナーの名を冠したこのバラはその後さらに多くの名花を生み出すこととなります。華やかなピンクのカップ咲きで樹は半直立に、コンパクトにまとまります。

商品ページ

マダム キャロライン テストゥ